実母の過干渉にストレスを感じる長女へ|感謝と拭えない不信感

小さな傷を洗い出す

ようこそ、秘密の隠れ家「鹿迷館」へ。

この隠れ家には、物質的には恵まれ、習い事などもたくさんさせてもらったという「感謝」がありながらも、お母様の過干渉な言動にずっと息苦しさを覚えてきた長女の方々が静かに訪れてくださいます。

「愛されていたのは分かるのに、どうしても母を信頼できない」

「感謝しているのに、仲良くなりたいとは思えないのが申し訳なくて…」

今夜は、そんな矛盾した感情に一人で悩む貴女へ向けて、過干渉な実母がもたらすストレスと心の距離感についてお話しいたしましょう。

1. 高校時代の息苦しさ――「過干渉」という名の監視網

皆様は、ご自身の学生時代をどのように振り返るでしょうか。

私の体験も交えながら少しお話させてください。

たとえば、高校生になっても門限が17時や18時と厳しく、部活で遅くなれば必ず母が迎えに来る。自分の行動はすべて逐一、父親にまで報告されている……。 そんな息の詰まるような環境に置かれていた方もいらっしゃるかもしれません。

実際に私がそうでした。

両親にしてみれば、「長女をどう育ててよいか分からなかった」という手探りや、彼らなりの愛情ゆえの行動だったのかもしれません。 習い事などをたくさんさせてもらったことへの感謝も当時からあったし、大人になった今ならさらに理解できます。

けれど、当事者である当時の娘にとっては、それは「愛情」というよりも、逃げ場ののない「監視」であり、底知れないストレスでしかなかったのでございます。

2. 感謝と不信感のあいだで――不機嫌な長女の防衛本能

「これだけしてもらっているのだから、感謝しなければいけない」 頭ではそう分かっているのに、なぜか母親に対してどうしても心を開くことができない。信頼を置くことができない。

その結果、ふてくされたような態度をとってしまったり、反抗的な目を向けてしまったり……。

実に扱いにくい難しい娘であっただろうと思います。

そんな私のように、「あの頃の私は、母にとって本当に扱いにくい、腹の立つ長女だったに違いない」と、今になって自分を責めてしまうこともあるかもしれません。

ですが、それは決して貴女が冷酷だったわけではないのです。 過干渉な母親の前で、自分のプライベートや心を保つために、幼い貴女が必死に編み出した「無意識の防衛本能」だったのでございます。

「それでも私たち家族は仲が良いように見えていましたし上手くやっていたように思います。」

そう、家庭内では一見、みんながうまく仲良くやっているように見えても、心の中では誰にも言えない壁があった。それはお互いの「性格の不一致」であり、どちらか一方が悪いわけではないすれ違いでもありました。

3. 過去の苦痛を受け止め、距離感を大切に生きる

「大人になった今でも、母と仲良くしたいとは思えない」 そう感じるご自身の気持ちに、無理にフタをして嘘をつく必要はございません。

「あの頃の過干渉は、本当に苦痛で嫌だった」 その記憶やストレスを、まずはご自身だけで「よく耐えてきたね」と認めてあげてくださいませ。

当時のお母様はきっと30代から40代、親の未熟さや環境のミスマッチを冷静に受け止めたなら、これからは適度な距離感を保ち、ご自身の人生を自分の足で歩んでいけばよいのです。

小さな不満や息苦しさは、きっと多かれ少なかれ、同じように「長女」として育った方なら誰もが胸の奥に秘めているものでございます。 もう一人で、「感謝できない自分」を責め続けなくてもいいのですよ。

鹿迷館は、貴女が抱えてきたその複雑な本音を、そのまま優しく包み込むための隠れ家でございます。

それでは、また次の夜にお会いしましょう。

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