ようこそ、秘密の隠れ家「鹿迷館」へ。
この隠れ家には、子どもの頃の小さな出来事を、大人になってもずっと胸の奥に閉じ込めたまま、静かに傷ついている長女の皆様がたくさんいらしてくださいます。
皆様は、「自分の性格が少しずつ歪んでしまったな」と感じた瞬間を、覚えているでしょうか。
それは決して、大きな事件や劇的なトラウマばかりではございません。 むしろ、誰にも分かってもらえないような、日常のささやかなすれ違いの積み重ねだったりするのです。
たとえば私が、まだ小学生だった頃の、ある秋の日のこと。
放課後の帰り道、田んぼの畔(あぜ)には、息をのむほど美しい彼岸花が咲き乱れておりました。 「お彼岸」「お墓」「死の連想」、そして茎の樹液にかぶれるという言い伝え。けれど、あまりの美しさに心を奪われた私は――「お母さんへのプレゼントにしよう!」と思ったのです。
一緒に下校していた子どもたちは「そんな花摘まないよ!」と笑いながら通り過ぎていきました。
母に喜ばせよう!ただ、それだけの純粋な気持ちでした。 たくさん摘んで綺麗な花束を作り、胸を躍らせながら急いで家に帰りました。ちょうど家の前で遠くを見ていた母の姿を見つけ、「お母さん、はい!」と差し出したその瞬間、
「捨ててきなさい!」
と、返ってきたのは、想像もしない言葉でした。
般若のような恐ろしい顔で、思い切り怒鳴られてしまったのですね・・・。 驚いた私の手から、花束はばらばらと地面に落ちていきました。あまりの恐怖と、近所の人に見られていたらどうしよう!といった恥ずかしさで、心臓が凍りついたのを今でも鮮明に覚えております。

はっきり覚えているのはとにかく「恥ずかしい」という感情だったのでございます。喜んでもらおうと思ったことは大きな間違いであったと、一人でフンフン♪と花を摘んでいたのが大きな間違いであったと・・・。
母は我に返ったのか、「手が、ほら!」とだけ言い、(毒があるからよくないよ!)という意味ですが、そして私たちは何事もなかったように家の中に入りました。

きっと、その時の母は父とのことで何かイライラしていたのでしょう。感情的な母親に接するのは日常茶飯事でしたが、そのあとの私は、驚きや恥ずかしさを通り越して、心の中でこう冷ややかに思ったのでございます。
――「もう花を渡すのはやめよう」
それまでに積み重なっていた小さな我慢と緊張のうえに、この出来事が決定打となりました。 「喜ばせようとして傷つくくらいなら、最初から何もしない」「心を閉ざしておこう」。そうやって自分の優しさや素直さに鍵をかけ、長女としての「歪み」を自分で作り上げていったのです。
特に・・母の日の花束というイベントには不快感が必ず生じてしまいます。
秋の美しい彼岸花が咲き乱れる姿も・・今も見たくはありません。
思い出すのも嫌になる出来事ですが、決して忘れることはできない幼い日の記憶。
「あの時、私はすごく傷ついたし、母が怖かった」 「だから、自分の心を守るために、心を閉ざすしかなかったんだね」
虫の居所が悪かったんだろう、お母さんを悪く言うことなんてできないというより、思いもしないですよね、子どもはどこまでも母親をかばうもの。そして誰にも打ち明けずに来たのです、そういう子どもたちも本当に多いと思います。
まずは、幼かったご自身のその痛みを認めて(気のせいにしないで)、ご自身だけで優しく受け止めてあげるべきでしょう。私がそれができるようになったのは、もうずいぶん大人になってからです。あの頃の私へ、精一杯の慰めの言葉をたくさんかけました。
「あんなお母さんは嫌い」「あの時は本当に悲しかった」――大人になってようやく、当時の自分の率直な気持ちを受け入れることができるようになったのです。 その気持ちにウソをつく必要など、本当ならどこにもありませんから。
あの時、地面に散らばった彼岸花はとても残念でしたが、プレゼントしようとした思い、封じ込めたその優しさは、今でもちゃんと胸の奥で息づいております。
似たような体験、ございましたか? もう、一人で無理に収めることもしなくてもいいのですよ。 この隠れ家で、少しだけその荷を下ろすことができれば、本望でございます。
それでは、また次の夜にお会いしましょう。

